“Where are you from?”
中学校で習う簡単な英会話。
外国人に一度はこのように聞いたみたことがある方は多くいらっしゃるのではないでしょうか?
しかし、ちょっと待ってください。
もしかしたらその質問は、時と場合によって相手に不快な思いをさせているかもしれませんよ?
今回は、そんなちょっとした言葉から垣間見える「無意識の差別」の話から始まり、そこからサステナブルな社会が我々にどうメリットをもたらすのか?についてお話しします。
「会計と全然関係ないじゃん…」と思っておられる読者の方々も多いと思いますが、2023年3月期より「サステナビリティに関する考え方及び取組」という項目が有価証券報告書に新設され、気候変動や人的資本・多様性の開示が求められるようになるなど開示に携わる会計士や経理担当者には、サステナビリティに関する事項は切っても切り離せない存在となってきました。
(出典:金融庁HP)サステナビリティ情報の記載欄の新設等の改正について(解説資料)
とはいっても、このような開示には
( ー̀дー́ )「1円にもならねぇ事に手間をかけさせやがって!」
( ー̀дー́ )「偽善でくだらない!」
( ー̀дー́ )「仕事を増やすんじゃねぇよ!」
と批判の声も多いのではないかと思います。
現に私はそのように思っていた側の人間でした。
しかし、サステナビリティの考えに少し触れるとその重要性に気付き、最近ではサステナビリティ関連の勉強をするようになりました。そしてそれだけでなく普段の言動にも注意しようと意識が180度変わるようになり、視野も少し広がった気がしています。
特に教育業に携わる私のような人間としては非常に大切です。
昨今のサステナビリティ推進の風潮に違和感を感じている会計士や経理担当者の方へ少しでもその疑念を払拭し、新しい分野へ視野を向けていただけると良いなと思ってこの記事を書くに至りました。
なお、私は会計の専門家ですが、サステナビリティの専門家ではないため、今回の記事は、大手上場企業のサステナビリティ推進部に所属している私の妻監修のもと、執筆しております。
“Where are you from?”から学ぶ無意識の差別
妻からこんな本を紹介されました。
恥ずかしながら私はこれまで狭いコミュニティで生きすぎていたため、
( ー̀дー́ )「自分の考えこそが正義だ!」
( ー̀дー́ )「サステナビリティなんて偽善者のやることだ!」
などという、ガスマスクを被った時くらいのとても狭い視界しか見えていなかった私の視野を広げるのにぴったりの本でした。
(Created by Chat-GPT4)
“Where are you from?”
この中学校で習った英会話の疑問文の一つが、外国人の方にとっては時に差別と捉えられる発言であるというのです。
日本で生まれ育ち日本人だけの狭いコミュニティでしか生きてこなかった私にとっては全く想像もしなかったことです。
私が外国人に”Where are you from?”と聞かれれば、英語スキルの低い私が唯一聞き取れた英語の文章に歓喜し、日本語英語で
“I’m Japaneeeeeese!!!”
と嬉々として答えるでしょう。何も考えてなんかいません。
しかし、それは”私”だからです。
「いや、私もそうだよ?」という読者の方々。それは私と同じような境遇だからかもしれませんよ?
ここでちょっと想像してみましょう。
もしあなたがアメリカで生まれ育ち、国籍もアメリカで、当然英語も流暢に喋れます。
ただ見た目だけは日本人です。日本語は話せません。
そんな境遇で20年間育ってきたあなたは、アメリカの会社に就職し、会社のウエルカムパーティーに参加しました。周りは白人ばかり。
そんなときに白人の同僚からこんな言葉をかけられたらどうでしょう?
“Where are you from?”
気付きにくいかもしれませんが、心のどこかでひっそりと思うでしょう。
“I’m American…”
(アメリカ人なんだけどなぁ。。。)
「あなたは私たち(白人)とは別の国の人だ」と無意識に言われているようで、ちょっとした疎外感を感じるはずです。
「いや、そんなことないよ。考えすぎだよ。私だったら自分の見た目を受け入れているはずだと思うけどなぁ。」なんていうことはその境遇にいない人は絶対言ってはいけないことです。だって、経験してないのになぜわかるの?
では、舞台を日本に置き換えてみましょう。
日本で生まれ育ち、国籍も日本で、当然日本語も流暢に喋れる男性がいたとします。
ただ見た目はアメリカ人(白人)です。英語は話せません。
そんな境遇で20年間育ってきた彼は、日本の会社に就職し、会社のウエルカムパーティーに参加しました。周りは日本人ばかり。
そんなときに日本人の同僚からこんな言葉をかけられたらどうでしょう?
“Where are you from?”
多分彼は「日本人ですよー^^」と笑って返してくれると思いますが、心の中ではちょっとした疎外感を感じてしまうかもしれません。
こんなちょっとした疎外感でも、疎外感を感じながら働くのはその人にとってその会社は長く勤められる労働環境ではありません。
同じような話で、日本に短期留学に来ているアメリカ人(白人)が、仕事で必要なので必死に日本語を勉強し、流暢な日本語が話せるとします。
標準語や関西弁も使い分けることができます。
そして、箸の持ち方も完璧で、箸で小豆を挟むこともできます。そんな彼にあなたはこう言います。
「日本人より日本人っぽいよねー!」
さて、この発言はどうでしょう?
彼にとっては「日本人」が名誉なことでしょうか?
おそらく褒めて言ったこの言葉ですが、相手にとってみたら「別に日本人らしいって言われても嬉しくない」と思っているかもしれません。
我々日本人からすれば当然日本人らしいことは誇りですが、そうでない人にとってはその常識は違うかもしれないのです。
また、逆に、ひょっとしたら日本に憧れを持っている外国人の場合は、「それは日本人じゃないと認識されているからこそ言われる言葉なんだよなぁ…」と、ちょっとした疎外感を感じてしまうかもしれません。
このように相手を差別しようとか意図していなくても結果的に相手を差別してしまっていることをこの本では「アンコンシャスバイアス(無意識の差別)」と呼んでいます。
この話を聞いた時、私はひどく赤面しました。
昔監査法人で海外の方々に囲まれて働く機会があり、その際にこのような「無意識の差別」を含んだ発言をしていたなと思い出し、その人たちに申し訳ない気持ちと自分の視野の狭さを恥じました。
そして、サステナビリティの勉強を始める中でこの本に出会うことで、まだまだかもしれませんが、従来のガスマスクの時よりも水中ゴーグルくらいの視界くらいには広がったかなと自分で思っています。
(Created by Chat-GPT4)
この本は韓国の大学教授の方が書いた本ですが、この本には私が気付くことができなかった視点の話がたくさん盛り込まれていました。妻も私もこれは全世界の人に読んで欲しいという本なので是非一読をお勧めいたします。
(参考文献)差別はたいてい悪意のない人がする:見えない排除に気づくための10章
「確かにそうだよねー」「いい話だねー」
ここまでだとこのような感想で終わってしまいますが、ここで話を終わらせてはいけません。
・なぜこのようなことを我々は意識しなければならないのか?
までをこの記事で持って帰っていただきたいです。
この”Where are you from?”のような話は
”DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)”
という最近の企業で進められている新しい取り組みの一種を考える上で非常に大切な考え方です。
以下の章では、DE&Iについてお話を進めます。
「項羽と劉邦」から学ぶDE&I
突然の「項羽と劉邦」という男臭い話題が出てくるのは妻の趣味ではなく、私の趣味だからです。
(私の青春時代は横山光輝さんのマンガ「史記 項羽と劉邦」を読み漁ったものです)
みなさんは当然ストーリーをご存知だと思いますが、一応「項羽と劉邦」のお話を振り返っておきます。
秦の始皇帝が中華統一した後に急逝し、中国は再び戦乱の世の中に戻ってしまいますが、貴族出身の「項羽」と農民出身の「劉邦」が中華統一の覇権を争って戦い、結果的に劉邦が勝って漢(前漢)という国が誕生するというお話です。
(キングダム読者の皆様、秦が中華統一するという盛大なネタバレ大変申し訳ございません)
この劉邦の中華統一の立役者の一人に「韓信(かんしん)」という将軍がいます。
この男は貧民の出身でありながら、軍略の天才でした。
最初は項羽の下に所属していましたが、項羽は重要な役職に貴族出身の者や身内しか採用せず、韓信が項羽に軍略を進言しても取り入れてもらうことはありませんでした。
そのため、項羽軍を離脱し、劉邦軍に参加し、劉邦の側近の推薦もあり、貧民であった韓信を要職につけ、韓信の進言を採用することで項羽軍を次々と撃破し、中華統一するに至りました。
項羽と劉邦で、なぜ貴族出身の項羽ではなく、農民出身の劉邦が中華統一できたのかというと、韓信を代表とするように国や身分の高低など関係なく広く多種多様な人材を採用したことにあります。
これこそまさに“DE&I”の取り組みです。
”DE&I”とは、以下の頭文字をとった略語です。
・Diversity(ダイバーシティ):多様性
・Equity(エクイティ):公平性
・Inclusion(インクルージョン):受容 / 包括性
Diversity(ダイバーシティ):多様性
項羽と劉邦の例に挙げたように、企業が発展するためには優秀な人材が必要で、優秀な人材を採用するためには、差別や偏見を持たず、多種多様な人々を採用する必要があります。
Equity(エクイティ):公平性
多種多様な人材を採用するだけではダメで、多種多様な人たちを公平に評価し、それぞれの状況に配慮する必要があります。
Inclusion(インクルージョン):受容 / 包括性
多種多様な人を採用し、評価などを公平に扱ったとしても、前半でお話ししたような無意識な差別を行うような職場では疎外感を感じてしまい、会社への帰属意識が薄れて長く働ける職場ではなくなってしまいます。
みんなが生き生きと高い成果を出しながら長く働く環境にするためには、職場で働く人たちがお互いの違いを理解して、尊重し、受け入れる必要があります。これによって、一体感を感じることで会社への帰属意識が生まれます。
DE&Iは、企業が成長するための人事戦略や人材マネジメントの一環であるともいえます。
(なお、DE&I、とりわけ公平性は全ての人にとって当然の権利であるため、企業の戦略と結びつけるような表現はサステナビリティの専門家からは適切でないとの批判があるかもしれませんが、DE&Iを知らない人が何のためにしているのかをピンときやすいための表現としてご理解ください)
実際の企業の取り組み事例として、製薬会社のエーザイ株式会社では、2012年に「エーザイ・ダイバーシティ宣言」を行い、ビジネスの視点を従来の「患者とその家族」から「患者と生活者」へとステークホルダーを拡大し、多様化する患者や生活者のニーズに応えうる多様性を備えるため、全社を挙げてDE&Iを推進しています。
この「エーザイ・ダイバーシティ宣言」には、2031年3月31日までに
・社員及び管理職層の女性比率30%以上を目指す
(2021年度期末時点で女性社員比率26%、女性管理職比率11.5%)
(グローバルレベルでの女性管理職比率は約30%)
・30代以下の若手マネジメント層を20%以上に拡大する
(2021年度期末時点の若手マネジメント層比率14.1%)
などなど、多種多様な社員が働きやすく受容性の高い組織づくりのために、その他様々な取り組みを行っています。
(参照:DE&Iの推進(ダイバーシティ, エクイティ&インクルージョン) | 従業員との関わり | エーザイ株式会社)
さて、ここまで読んで頂けた方は、DE&Iが企業の成長には欠かせない取り組みだ、ということはなんとなくご理解いただけたかなと思います。
しかし、まだ、あるべき論や綺麗事、あるいは他人事のように聞こえるかもしれません。
この記事の最後の仕上げに、このようなサステナブルな取り組みは「他人事などではなく、自分事として考える」必要があるというお話をしていきます。
織田信長から学ぶサステナブルな戦略
「項羽と劉邦」に続き、日本にも戦国時代は存在します。そう、乱世の奸雄「織田信長」です。
(こちらも私の趣味です)
よくよく考えてみると織田信長の政策はサステナブルな取り組みが多かったなと感じています。
前述のDE&Iの話であれば、織田信長も実力さえあれば出身や身分の高低などを気にせずに要職につけています。
例えば、農民の出身であった後の天下人、羽柴秀吉(豊臣秀吉)の実力を認めて要職に採用し、天下統一に向けて活躍させています。
ここで私が1番取り上げたい織田信長の政策は「関所の撤廃」です。
戦国時代の日本は、各地を支配する大名が様々な場所に関所を設置し、通行人から関税を徴収していました。
この関税は各地の大名にとっては重要な収入源でしたが、関所を通る必要のある商人などにとっては移動のたびに関税がかかるので移動が負担となり、たまったものではありません。
そして、その関税は商品への価格に反映され、最終的には庶民に負担を強いることになります。
織田信長はこの関税の撤廃を日本で初めて徹底的に行いました。
(以前にも他の大名も取り組んだようですが、一部だけだったり中途半端なものだったようです)
織田信長は京都に上洛し、日本の重要商業拠点である畿内(今の大阪、奈良、京都あたり)を支配するようになると、物流の重要性に気付き、人の往来を活発にして、商業を活性化するために自分の領内の関所の関税は徹底的に撤廃しました。
なぜ他の大名はこの関税撤廃を完全に踏み切れなかったのかというと、関税が減ると短期的な収入は減るからです。
ですが、織田信長はそんな短期的な視点で物事を見ていません。
長期的に見れば、領内の人が往来が活発になり、領内の商業都市が反映するとそこからの収入や負担の減った庶民からの年貢の徴収も増加します。
結果的に関税がなくなった分の減収を遥かに上回る収入を得る事となり、織田信長は圧倒的な財力で天下統一を進めていくことになります。
これはまさに、「長期的な視点に基づく戦略」と「幅広いステークホルダーの利益への配慮」によるものです。
こちらをご覧ください。
日本企業の経常利益と従業員給与の推移
出典:『ESG財務戦略』 保田 隆明 (著), 田中 慎一 (著), 桑島 浩彰 (著)
P27. 図表1-8「日本の短期主義極まれり」をもとに執筆者が作成
日本の経常利益はここ10年で2倍近く増加していますが、従業員給与はほとんど変わっていません。
「企業は儲かってるはずなのに、給料が上がんね〜な〜…」と感じていた我々の感覚は正しいのです。
普通に考えれば、企業が儲かっているのだから従業員に還元すべきだ、と考えますが、実際にはそうではない。
なぜこんなことが起こるのでしょう?
日本企業は「短期的な視点」に陥ってしまっているからです。
2008年のリーマンショックにより一時、日経平均が7,000円を割り込むまでに急降下した日本企業の株価ですが、そこから日本企業は利益を少しでも上げて、株価を上げようという方向へ向かいました。
これにより利益を少しでも上げようと日本企業は人件費を抑えて利益を確保しているという「短期主義」に陥ってしまったのです。
つまり、株価を上げよう上げようということしか考えていないため、株主しか見ていないのです。
これは「株主資本主義」や「株主第一主義」などと言われますが、利益を上げて株主に還元し、株主の期待に応えさえすればよいので、人件費は下げてもいいし、地球環境を破壊しても、労働環境が劣悪でも、利益さえ上がればいい、という短期的な思考に陥ります。
近年では、このままでは社会も環境ももたないという危機感から、「株主資本主義」のような短期視点ではなく、「ステークホルダー資本主義」という長期視点で企業の戦略を考えるべきだという考えにシフトしています。
ステークホルダー資本主義とは、株主のためだけでなく、顧客、従業員、取引先、地域コミュニティ、将来世代、地球環境などの企業が関わるすべてのステークホルダーの利益に貢献し、ビジネスを通じて、社会や環境問題の解決を図ろうという考え方です。
このような世の中の流れがあり、機関投資家はステークホルダー資本主義にのっとり、長期的な視点で社会や環境に配慮したビジネスを行う企業を評価して優先的に投資する、いわゆるESG投資やインパクト投資にシフトしていっています。
社会や環境に対する取り組み度合いでスコアリングする格付機関も存在し、特にEUの投資家には、スコアが低い(特に環境)企業には、投資が撤退されるケースもあるようです。
したがって、社会や環境問題に配慮した事業運営を行い、持続可能な社会(サステナブルな社会)を目指す企業に、市場のお金が集まり、長期的に発展していきます。
だからこそ、今ではSDGsを重要視すべきという声が高まってきており、企業は自社の事業を通して社会や環境問題を解決するため、SDGsにその機会を見出すのです。
日本では、まだまだ短期視点の傾向にあるため、SDGsの取り組みはコストとして捉えられ、儲からないとレッテルを貼られたため、なおさら敬遠されてきました。
( ー̀дー́ )「SDGsなんて綺麗事だ」
( ー̀дー́ )「SDGsなんて1円も儲からない」
( ー̀дー́ )「自分さえ良ければいい」
ここまで、読んでいただいたみなさんは、まだそのようなこと言えるでしょうか?
ESG投資やインパクト投資の世界では、企業の経営陣が短期視点に陥らないように、投資家にも健全なエンゲージメントが期待されており、企業だけでなく個人にも同じような態度が望まれます。
( ー̀дー́ )「こんなに頑張ってるのに給料が上がんねーなー!」
( ー̀дー́ )「私がこんなに不幸なのは国が悪いんだ、国が!」
このような状況を解決するためには、まさに
「我々一人一人が意識して、社会や環境問題解決に向けた取り組みを行う」
ことなのです。
(ちなみにこの言葉は私の視野がガスマスクくらいでまだ暗黒世界にいた時代に、ヘドが出るほど嫌いな言葉でしたが、ちゃんとこうした取り組みを理解すると、以前の自分の言動が恥ずかしすぎて再び赤面しています)
なお、この章のお話はこちらの本を参考にお話しします。非常にESG投資についてわかりやすく解説されています。
『ESG財務戦略』 保田 隆明 (著), 田中 慎一 (著), 桑島 浩彰 (著)
まとめ
いかがでしたでしょうか?
サステナビリティの話題に関しては、昔の私のようにどうしても敬遠しがちな人が多いかもしれませんが、その要因としてこのような世界に触れてこなかった、正しい理解をしてこなかったことにあると思います。
そのためにも、この記事がサステナビリティに触れるひとつの機会となれば良いなと思っています。
そして、社会や環境問題解決に向けて、私のステークホルダーたち(愛する妻、友人、仕事仲間、会計士受験生、会計を学びたいと思っている人々、社会・・・)に対して、私ができることを今後も行なっていきたいと思います。